人生の苦しみに対する救いは死後の世界にあります。置かれている今の環境がどれほど過酷で苦痛を伴うものであっても、死後の世界という埋め合わせの世界に希望をもっていただきたいと思います。
では、その「死後の世界とは一体どういうところなのか」、「どういった生活を送ることになるのか」。このことは多くの人が疑問に思いそして知りたいと思うことではないでしょうか。ここでは、地上人生の寿命を終えた人が向かう死後の世界について、そしてどういった生活を送ることになるのかについてご紹介します。
地上を後にして行き着く先
- ▽ 死後間もない様子
- ▽ 指導霊(ガイド)の導き
- ▽ 新たな世界(幽界)
- ▽ より素晴らしい光り輝く世界への旅立ち
- ▽ 仕事・生活・楽しみ
人は遅かれ早かれ死を迎えることになります。老衰、病死、発作による突発的な死、また事故で亡くなるなど人によって様々ですが、死んで間もない人はほとんどの場合、死の直後の環境が相変わらず地上的であることから自分が死んだことに気付くまでに時間がかかります。
地上時代から死後の世界を当たり前と思っていた人は別として、地上人生が全てであり、死が人生の終着点であると何の疑いもなく人生を終えた人は、しばらくはこれまでと全く変わらない環境と身体の感覚の中で、霊となって生き続けます。死んだということに気付かないのです。家族のいる所に行ったり、友人の家、職場、そしていきつけのお店など様々な場所に行き、語りかけたり触ってみたりしますが、何の反応もなく虚無感を感じながら放浪するうちに死を自覚する場合もあれば、ある場所でじっとしている霊や、ふらふらと電車に乗り続けながら時を過ごす霊もいます。
地上に滞在し続けている人(霊)は、地上に残した家族のこと、心残りとなってしまったことなど、心の整理がついていない場合は地上に心を留め、ある種の勾留状態にあります。死後の世界は精神の世界であるため、地上に押しとどめられている原因は自分自身の考えや心の状態にあります。ふと目が覚めるとすでに地上より精妙な環境に身を置いている場合もありますが、時が経過して意識の変化が芽生え始める頃に、とある霊と接触を持つことになります。
その霊は指導霊(ガイド)と呼ばれ、次の世界へ導くことを仕事としている霊です。地上で親族関係にあった者である場合もあり、タイミングを見計らって手を差し伸べてくれます。地上に引き付けられる気持ちの紐を一つひとつほどきながら新たな世界へと旅立てるように支援してくれます。
指導霊に後押しされて地上を後にすると、とある街や村などに案内されます。自ら辿り着くこともありますが、そこは地上の世界と非常によく似ているところで、地上をよりきれいにした所です。そこは幽界(物的感覚から脱しきれない状態(世界))という場所で、死後の世界において地上に最も近い場所であることから地上的(物的)要素が多く残っている場所です。他界して間もなく、まだ精神的乱れもあるためしばらく休養を取るための場所でもあります。
ここでは、ガイドが新しい住まいを用意してくれていたり、先に霊界にきている母や父、友人など地上で縁のあった霊たちと引き合わせてくれたり、霊の世界に慣れるようとても親身になってお世話をしてくれます。地上でよっぽど悪いことをしていれば話は別ですが、一般的には昔からの友人であったかのように多くの霊たちが新しくきた霊のことを温かく歓迎してくれます。
ここにいる人(霊)たちは、肉体を持っていないので食べる必要がありません。ですが、まだ食べないという習慣に慣れていない霊には飲み物や食べ物を用意してくれます。これらはすべて思念によってつくられます。霊の世界でも食べたり飲んだりできることに驚かれるかもしれませんが、そのうち食べる必要性を感じなくなり、やがて食べなくなります。また、霊の世界では言葉は必要なくテレパシーでやりとりをします。テレパシーに慣れるまでは言葉を用います。
死後の世界ではお金がいりません。地上では生きていくために食べ物や着るもの、そして家が必要でそのために毎日働く必要がありましたが、こちらの世界では食べる必要もなく住居に困ることもないため、そのために仕事をする必要がありません。自由気ままに生活でき、地上でできなかった好きなことができます。
死後の世界にはさまざまな界層が存在します。次元の異なる生活の場が段階的にいくつかあって、お互いに重なり合い融合し合っています。それぞれの界に住む霊にはそれぞれ成長度が異なります。霊界では、魂の成長、つまり知性・道徳性・霊性の程度にちょうど調和する界に住むようになります。これが霊界と地上界との大きな違いの一つです。地上世界は、発達程度が異なる人間(霊)と一緒に生活をしていますが、霊界では自分と同程度の感性や霊性を持つ霊たちと一緒に暮らすようになります。これを類魂と呼びますが、霊性・善性・親切心・慈愛・利他的な精神の程度が高ければ高いほどそれだけ高い階層の界に住むことになります。界が高ければ高いほど、それ以前の界よりも精妙になるという意味で粗雑な環境ではなくなり、愛に溢れ、美しい世界になります。霊界は光り輝く世界なのです。
幽界は霊界への準備をするための世界です。自分のしたいことが叶い、思うままの生活をしていてもいずれ満足を覚え、退屈や嫌気がさすようになります。自分の欲求・欲望を追求してもやがては飽きがきます。そして、今の状態よりもっとよいことはないか、学べることはないかと向上心をはじめとする精神的な変化がいずれ訪れます。
幽界の生活にも段階があり、自覚が芽生えると次第にそこの環境に反応しなくなり、死と誕生(に相当するもの)が何度も繰り返されます。いずれは霊界というより美しく光り輝く素晴らしい世界での生活に移ります。
(現在の境涯より素晴らしく美しい一つ上の世界に行くためには、それ相応に霊性が向上していなければなりません。また過去に犯した大小それぞれの罪を清算しなければ、向上進化の過程における足枷を解くことはできません。そこに地上人生の価値があります)
霊界では食べ物や家賃のことを心配する必要がありませんから、やりたい仕事を好きなだけすることができます。また、霊界は地上で発揮することのなかった能力・才能を存分に発揮できる環境であるため、その仕事を通じて霊界の住民の一人として全体の向上に寄与することができ、一歩ずつ成長することができるようになっています。死んでも仕事をしないといけないのかと思うかもしれませんが、霊界の仕事は地上の仕事とは異なり、お金のために嫌々やっていた仕事ではなく、皆、自分の能力や才能が最大限発揮される自分のやりたい仕事を通して人のためになることがとても心地よいのです。
また、霊界には無限の種類の楽しみがあるといわれています。霊界には庭園もあり、森や小川、湖、海、山、小鳥もいれば植物もありますが、地上とは比較にならないほど美しく色彩豊かな世界といわれています。それは、人間に知覚できる色彩には限界があり、わたしたちが認識している色彩が全てではないからです。
また、地上の誰一人見たことのないような花や植物もあります。その他の楽しみとして、各種コンサートも開かれておりますし、地上と霊界の文学や絵画の傑作を堪能することもできます。何か学びたいと思えば、地上と霊界にある全ての書物が揃った図書館もあれば、学校もあります。知りたいと思う分野があればとことん追求できるのです。
また、喜ばしいことに死後の世界にも動物がおり、地上では彼等とは話すことはできませんでしたが、テレパシーでやり取りすることができます。もしも地上で愛したペットがいた場合、死後出迎えてくれるようになります。動物が好きな人にとっては実際にコミュニケーションを取ることができることを想像するだけで幸せになることでしょう。
経済問題の生じない世界、お金が何の価値もない世界、物的財産が何の役にも立たない世界、各自があるがままの姿にさらされる世界、唯一の富が霊的な豊かさである世界、地上とは比べ物にならないほど美しい世界で過ごすことがどれだけ素晴らしいことか想像できますでしょうか。死とは本来悲しいことではなく喜ばしいことなのです。
■ 『死後の世界の存在がもたらす幸福』
■ 『心の救いとなる言葉(抜粋集)』