病気はとても辛いものです。痛みと闘い、出口が見えないまま苦しみ続けなければならないことを考えると本当に過酷なものです。自分だけがなぜこんな目にあわなければならないのか。また、こんな辛い思いが続くのならいっそのこと死んだ方がラクなのではないかと思う人もいることでしょう。今、そうした絶望の中にいるのであれば、あなたを救うことができるのは唯一霊的知識だけだと断言できます。病気が生じるのには明確な理由があり、また不治の病というものはありません。ぜひ希望を持って生きていただきたいと思います。
病気が生じる二つの理由
病気は気まぐれにやってくるものではなく、また不幸・不運だったわけでもありません。病気が生じるのには因果律(過去の自分の行い)の結果という根本的な原因がありますが、病気が生じる原因としては大きく分けて二つの理由があります。一つ目は「霊・精神(心)・身体」の乱れです。人間には健康を維持する機能として「恒常性」、「免疫機能」、「自然治癒力」が自然と機能しておりますが、物質偏重の生活(霊性の乱れ)、不安やストレス(精神)、運動不足・睡眠不足・食生活の乱れ(身体)といったような乱れが生じることによって病になります。
もう一方、別の原因として考えられるのが「宿業(カルマ)」です。現世でのよくない行いの積み重ね(利己主義、貪欲、金銭欲など)、または過去生で犯した罪の償い・精算のために発現することがあります。一つ目と異なり、身に覚えのない大病(難病や障害を含む)がもたらされた場合は、後者の宿業(カルマ)と考えられます。地上でしか償うことができず、それがまだ解消されずに病となって発現したということです。この二つが病気の生じる理由になります。それ以外に生じることはありません。
今の苦しみは必ず報われる
病気は過去の罪の精算、そして霊的自覚と霊的教訓を与えてくれる触媒となるありがたいものです。人間がなぜ地上に生まれてきたかといえば、「真の自我を見出し、霊性を開発すること」にあります。地上は試練の場であり、次の世界への身支度を整えるためにあります。病は先にも述べましたが、宿業(カルマ)の解消、ならびに霊的自覚(真の自我)を見出すために魂の琴線に触れうる価値あるものなのです。地上で過ごす時間は霊界での生活に比べたら一瞬であり、この短い地上人生で何を学ぶことができるかが死後の生活に大きく影響します。そういった意味で、病は魂の薬なのです。肉体が受ける苦しみよりも、霊界で受ける魂と精神の苦痛・苦悶の方がよっぽど深刻です。地上に生を受けている間に苦しみを甘受し、宿業(カルマ)を解消しておくように心掛けることが大事です。死後の世界は埋め合わせの世界であり、地上で味わった苦しみはいずれ報われます。間違っても、たとえどんなに苦しい状況にあったとしても自殺はしてはいけません。今よりもっと苦しい思いをすることになり、解決手段とはなり得ません(「自殺をしても今の苦しみからは解放されない」のページを参照)。
不治の病というものはない
地上には数多くの病がありますが、不治の病というものはありません。宿業(カルマ)の法則として、魂が未だ完治を手にする資格を得ていないだけなのです。世の中には末期癌の段階から回復した例もあります。現代医学や科学をもってしても解明されていないことがまだまだ数多くありますが、このケースもまぎれもなく宿業(カルマ)が解消された結果、癌が治ったのです。奇跡ではなく必然的にそうなったのです。つまり、宿業(カルマ)を解消することができれば全ての病気は治るということです。
宿業(カルマ)とは過去に摂理を犯した結果であり、それが病気という形で現れているのです。つまり宿業(カルマ)という負債を解消することができれば病気も治ります。宿業(カルマ)という負債を抱えた人が精算するまでにかかる時間は、その人の霊の帳簿次第であり、人それぞれであるということは言うまでもありませんが、借金も返済し続ければいずれは完済できるように、新たな負債を抱えるようなことをしなければ、いずれは完済し、完治させることができます。※新たな負債となるような要因とは、「利己主義」、「物質中心主義」、「罪悪」、「不安・恐怖心」といった霊性を下げる行為を指します